原作者インタビュー
月組公演『カンパニー -努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)-』 原作者インタビュー<前編>
今公演の原作者である伊吹有喜先生のインタビューを前後編でお届けします。
インタビュー<前編>では、宝塚歌劇の印象や、ご自身の小説『カンパニー』が初めて舞台化されることへの期待などを伺いました。
これまで宝塚歌劇をご覧になられたことはありますか?
はい、あります。私は三重県出身ですが、幼い頃、“タカラヅカ”のテレビ番組が地元のテレビ局で放映されていまして。
小・中学生時代は、休日にそうした番組を観ることも。あまりにきれいなので、ついつい観てしまうという感じでした。数年前にも『ベルサイユのばら』を観劇しています。
宝塚歌劇の代表作のひとつ、『ベルサイユのばら』をご覧になったのですね。
原作の漫画が好きでしたので、ぜひ一度は観ておきたかった作品です。宝塚歌劇はとても華やかで、そのうえ、私の大好きな歌も踊りもお芝居もすべてを楽しめる舞台で、観ていて幸せな気持ちになれました。
ちなみに、今の月組の公演をご覧になったことはありますか?
『All for One』(2017年)を拝見しましたが、まさに夢の世界でした。珠城りょうさんのダルタニアンはもちろん、三銃士などの男役さんたちも全員が格好よかったです。私もそんなお話を書いてみたい、と思いましたが、イケメン揃いというシチュエーションの物語を創るのはなかなか難しそうですね(笑)。愛希れいかさんのルイ14世も、女性でありながら男性として育てられた複雑な役どころを、ときに高貴に、ときに可憐に演じられていて、たいそう心惹かれました。
珠城さんと愛希さんのお二人が並んだお姿、とてもまぶしかったです。アラミス役の美弥るりかさんにもときめきました。さりげない仕草のなかにも艶やかに匂い立つような色香を感じまして……。本当に楽しい時間でした。
ご自身の作品が宝塚歌劇で舞台化すると決まった時はどのようなお気持ちでしたか?
お話を伺った時はとても驚き、嬉しいな、と、しみじみ思いました。自分が小説家になり、その作品が、テレビで見ていた美しい宝塚歌劇の舞台で上演されることになるなんて、幼い頃の自分が知ったらどれだけ喜ぶだろうかと思います(笑)。
月組トップスターの珠城りょう、月組トップ娘役の愛希れいかとは、稽古場でご対面されたそうですね。
珠城さんは本当に美しく、横顔まで格好よくて…見とれてしまいました。それに、清々しく凛として、けれど冷たい感じは全くなく。とても温かくて頼もしい印象を受けました。包容力や心の伸びやかさを感じさせ、そのうえお声も素敵。まさに理想ですね。珠城さんの青柳は、身近にいたら、誰もが恋に落ちてしまうだろうなと思います。愛希さんも声やたたずまいがたいそう美しく、しぐさは愛らしく、そして気品があり…。心が晴々と明るくなるような麗しさでした。お二方とも小説をすでにお手にとってくださっていて、青柳と美波に、深い洞察とあたたかい眼差しを向けてくださっていることも嬉しかったです。
舞台がお好きということですが、やはりバレエが特にお好きなのですか?
バレエに限らず、オペラなど舞台芸術は好きです。客席が暗くなり、幕が上がった瞬間、別世界へ連れて行ってくれる感覚がたまらく好きです。実際に目の前で繰りひろげられる歌やダンスの美しさに触れると、人間の可能性の広がりや大きさを感じさせられます。なかでもバレエは、著名なバレエ団に入ってからも全員が毎日技術を磨き、鍛え上げ、頂点を目指して努力されますよね。そうした努力を重ねて舞台に立ち続ける人たちの姿は、とても眩しくて、さまざまなイマジネーションが湧いてきます。
作中に登場する『新解釈版・白鳥の湖』も舞台からイマジネーションを得られたのでしょうか?
『白鳥の湖』は解釈がたくさんあるのですが、私が別解釈をしたらどうなるだろう、と考えて書きました。今回、物語の中でこのバレエを月組の方々が実際に演じられるということで、とても楽しみにしています。
舞台人の本音や舞台裏のことまで詳しく繊細に描写されていますが、取材をかなり重ねられたと伺いました。
はい。どの作品でも取材は大切にしていますが、舞台の世界を文章で表現することは、私にとって新たな挑戦でした。『カンパニー』の執筆にあたっては、ご協力いただいたバレエ団や、ほかにもダンスの関係者の方々にいろいろなお話をうかがいました。公演中の舞台袖でダンサーの皆さんが意外と冷静に出番を控えている様子を拝見したり、衣裳の秘密や本番中の心情などをうかがったりしたことは、舞台好きとしても心躍る体験でした。
取材をされたなかで、印象に残ったエピソードがあれば、ひとつ教えてください。
すべてが印象深いのですが…。スポーツトレーナーの方を取材した際に、「身体と心はつながっている」という興味深いお話があり、とても楽しかったのを覚えています。私はもともとインタビュー記事を読むのが好きで、ダンサーや舞台人の方の記事を残していたのですが、その談話と重ね合わすと、納得することがとても多かったのです。
月組公演『カンパニー -努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)-』 原作者インタビュー<後編>
インタビュー<後編>では、月組公演への想いを中心にお話を伺いました。
『カンパニー』の着想はどういったキッカケからだったのでしょうか?
私にとって“カンパニー”という言葉は当初、“会社”のイメージしかありませんでした。そうしたなかで、あるバレエダンサーが、自分の所属するバレエ団のことを“カンパニー”と呼ぶのを聞いた時に、同じ“カンパニー”でも“自由なアーティスト集団”であるダンサーたちと、私が連想する、いわゆる“会社”とは、印象が違うなと感じたのがきっかけです。
なるほど。確かに逆の存在のように思えます。
ええ。でも、よく考えると舞台芸術では、出演者だけでなく、衣装や事務スタッフなど、舞台人が舞台で輝くためにいろいろな担当の方がいらっしゃいますよね。それと同じで、“会社”にもいろいろな立場の人たちがいる。みんなでひとつの目的に向かって進んでいくという点で、会社も、舞台の集団も、同じだということに気づきました。そこで、一見相反するふたつの “カンパニー”に所属する人たち、つまり青柳が勤める製薬会社と、バレエ団の人たちとの人生が交わる話はどうだろうか、という発想にいたりました。
いまお話に出た、製薬会社の総務部に勤める青柳誠一(月組公演では珠城りょう演じる青柳誠二)はどのような人物でしょうか?
小説では、彼は仕事でもプライベートでも、今後の人生を決める瀬戸際に立たされています。青柳には「自分の居場所が会社にはない」という悩みがあり、同じく、プリンシパルの高野悠にも、「自分はいつまで踊れるのか」という身体的な悩みがあります。
舞台では、少し設定が変わるようですね。
青柳の年齢が若くなるようですが、彼の一生懸命さは変わらないと思います。青柳のように誠実さゆえに窮地に陥っている人は意外に多く、一生懸命働いてきたのに報われないという話もよく聞きます。そんな世の中でも、みんなが長所を出し合うことでひとつの壁を乗り越え、新しい人生へ進んでいけるという希望のようなものがあればいいなと思いながら書きました。
愛希れいか演じる高崎美波についても教えてください。
他の登場人物もそうなのですが、美波というキャラクターも、取材していく中で生まれました。舞台に限らず、なかなか持ち前の実力を発揮できていない人も、たゆまず続けていくうちに何かのきっかけで一皮むけてブレイクスルーし、本来の魅力や才能が一気に花開くことがあると思います。その瞬間を見てみたい、という気持ちを、美波の人生に投影しました。
「ブレイクスルー」は、作品のテーマでしょうか?
はい。“ブレイクスルー=壁を越える”は、この作品のテーマのひとつです。青柳も美波も高野も、それぞれの壁を越えて次へと進もうとします。一人では越えられない壁も、もしかしたら誰かと力を合わせることで突き破れるかもしれないという、願いのような思いです。
「レッスン、パッション、カンパニー」もキーワードですね。
そうですね。この物語は「レッスン、パッション、カンパニー」という三つの言葉、つまり「努力、情熱、仲間」という言葉も大切なキーワードになっています。学生時代の部活動などで指導者がよく口にする、正直青臭い言葉で、大人になると、それだけですべてが解決するわけではないと気づいてしまう。でも、もう一度「その三つがあれば無敵だ」と信じることで前に進めるかもしれない、信じてみたい、という大人たちの物語です。
『カンパニー』と宝塚歌劇との共通点はありますでしょうか?
タカラヅカでは、宝塚音楽学校に入る前からすでに大変な努力をされ、入団後は情熱的に舞台を務められ、さらにはそれぞれの組がひとつの舞台を創る仲間であり、かつ全体がひとつの芸術集団でいらっしゃることから、「努力、情熱、仲間」という言葉が日本で一番ふさわしいのではと思います。それだけに今回お声がけいただいたことを嬉しく思っています。
最後に、公演を楽しみにされているお客様へのメッセージをお願いします。
稽古場で配役をご紹介いただいた時、皆さんの雰囲気が登場人物にぴったりなことに感動しました。長く書いていますと、登場人物たちは、まるで親戚のように想えてしまうので、「青柳良かったね、美波良かったね」と報告してあげたくなるような心地になりました。月組の皆さんが「レッスン、パッション、カンパニー」の力で創りだす舞台はきっと輝きに満ち、観劇後には足取りも軽くなるような活気があるに違いありません。私もファンの方々と共に、心から楽しみにしています。
【プロフィール】
伊吹 有喜(いぶき ゆき)
三重県出身。2008年『風待ちのひと』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。2010年刊行の『四十九日のレシピ』は2011年にドラマ化、2013年に映画化。2014年刊行の『ミッドナイト・バス』で、第27回山本周五郎賞候補、第151回直木賞候補に。同作は2018年に映画化。2017年刊行の『彼方の友へ』が第158回直木賞候補に。このほかに『なでし子物語』『地の星 なでし子物語』『天の花 なでし子物語』、『今はちょっと、ついてないだけ』、『BAR追分』シリーズなどがある。