浅田次郎氏×石田昌也 対談
雪組公演『壬生義士伝』の原作者・浅田次郎氏と、幕末を舞台にしたタカラヅカ作品を数多く生み出してきた演出家・石田昌也に話を聞きました。今作をコラボレーションする二人の、貴重な対談をお楽しみください。
「壬生義士伝」の舞台化について。
浅田:制作発表会でのパフォーマンスを見て、望海さんをはじめ皆さん、とても歌が上手いなぁと思いました。あまりにも上手なので、生で歌っているのかどうかと疑って、思わずキョロキョロしてしまいましたよ。
石田:生です(笑)。
浅田:あの上手さには本当に驚きましたね。舞台裏では望海さんたちと少し会話を交わしましたが、あがってしまって何を話したらよいのか分かりませんでした。こう見えてシャイなもので(笑)。
石田:(笑)。脚本・演出を担当する私としましても非常に緊張しました。私たちは動きや音声のある世界で仕事をしていますが、文字の世界に生きていらっしゃる浅田先生がご覧になって、想像されているものと全然違うものになっていたらどうしようかと。
浅田:僕は基本的にどんなオファーにもノーとは言わないことにしています。僕もクリエーターですが、石田先生も、芝居をされる出演者の皆さんもクリエーターですし、制作することにおいては皆さんの方がプロですから、僕がつくったものをどのように料理してもらえるか、とても楽しみです。つまり僕の書いたものはただの素材なわけですよ。カボチャやジャガイモのように(笑)。実際に映像化、舞台化された作品は、「ほう、こうきましたか」と意外性も楽しみの一つとして、見せていただいています。
石田:これまで、小説を舞台化させていただく機会が何度もあり、作家の先生方ともお話しさせていただきましたが、中でも『銀ちゃんの恋』上演にあたって、原作の「蒲田行進曲」作者であるつかこうへいさんに「まさか宝塚歌劇で舞台化されるとは思わなかった」と言われたことは印象に残っています。
浅田:同じく、タカラヅカで「壬生義士伝」が上演されるとは意外でした。
石田:そうですよね。私自身も挑戦だと思っています。どなたかの原作を舞台化する時は、毎回楽しみでもありますが、イメージの違うものにならないかと恐れる気持ちもございます(笑)。
「壬生義士伝」上演に至ったきっかけ。
石田:新選組を扱った作品をいくつか演出しましたが、「壬生義士伝」の舞台化は、理事長の小川との、何年も前からの共通の夢でした。
浅田:新選組というのは、いつどの時代にも、ある一定数の熱烈なファンがいるという不思議な存在です。僕もその一人だったのですが、大抵の人は青春の一時期夢中になって本を読んだり文献を調べたりはするけれど、その熱がやがて冷めます。しかし、僕の熱は冷めなかった(笑)。それで、いつか新選組の小説を書こうと思っていたわけです。ですから、新選組ありきの「壬生義士伝」といえます。実は、まだ作家デビューする前の28歳の時、吉村貫一郎を主人公にした短い小説を書いているのですが、それは子母澤寛さんの「新選組始末記」の中に出てくる吉村貫一郎のエピソードからヒントを得たものでした。
石田:私も浅田先生と同じで、新選組の熱烈なファンです(笑)。いつか「壬生義士伝」をタカラヅカで…という想いを温めていましたが、今回、雪組の担当が決まった時、この作品が急浮上したわけです。これはもう「壬生義士伝」しかない、と。雪組は昨年全国ツアー公演でも『誠の群像』という新選組を扱った作品を上演しましたが、司馬遼太郎先生の原作から作った『誠の群像』と浅田先生の「壬生義士伝」では、背景は同じでも方向性が全く違いますから、きっと面白いものをお見せできると思い、決定しました。
舞台化にあたって
浅田:きっとご苦労は多かったのではないかと想像します(笑)。よくある手法ではありますが、この長編小説では、吉村貫一郎を知る多くの証言者の口を借りてストーリーを進めていますので、脚本を書くうえで、再構築が必要だったのでは。
石田:確かに難しい点はいくつもありました。原稿用紙1200枚にも及ぶ原作を1時間半にまとめるのは至難の業でした。しかも宝塚歌劇の場合、内30分ほどは歌や踊りの場面に時間を割きますから、台詞の部分は1時間ほどになってしまいます。そういった条件の中で、順を追ってストーリーを説明するのではなく、説明の台詞を省略するなど人物自身を追うことに集中し、欠かせない描写を入れるために、省ける部分は省きました。
そして、タカラヅカのトップスターがその他大勢と全く同じダンダラ模様の羽織を着ることや、下級生が演じる役にお酌をして回る場面などは、タカラヅカ的にはある意味挑戦であります。宝塚歌劇というのは、センターにトップスターがいて、その役を素敵に見せるために周りが盛り上げるというスタイルをとっていますから、時には多少史実に手を加えてでも、主役を引き立たせることもあるのです。しかしながら、「壬生義士伝」の吉村貫一郎という人物は、強引にそうしてはいけない人物です。男の汗の匂いのする主人公を格好良く見せるための手法に、知恵を巡らせています。
対談<後編>では、タイトルに込めた想いや、新たな視点で描かれた新選組像の話題に花が咲いた。
「壬生義士伝」で描かれている新選組について。
浅田:時代劇というもの自体が、ともすると類型化してしまいがちですよね。殿様は殿様らしく、代官は常に悪代官(笑)。でも実際はそんなわけはありませんから、一人ひとりの人間像を生き生きとリアルに描かなくてはいけないと思いますし、執筆にあたってはできるだけ既存のイメージにとらわれないようにと、まずは考えます。しかし、残念ながらイメージが定着してしまっている登場人物もいます。顕著な例が沖田総司で、沖田イコール“美貌の少年剣士”、と思われていますが、壬生の伝承によると、“とても背が高く、色が黒くてヒラメのような顔をしていた”。実は全然二枚目ではないんですね(笑)。それなのに、少なくとも昭和のはじめにはもう“美貌の少年剣士”になっていて、工夫はしてみましたが、近藤勇にしろ、土方歳三にしろ、その固定化されたイメージを覆すのはなかなか難しいものがあります。
石田:その沖田を浅田先生がお書きになったイメージに近づけたくて、これまでのタカラヅカ版沖田なら絶対言わないようなセリフを言わせています。今回は、浅田先生がお書きになったタカラヅカ的ではない部分の人物像をもタカラヅカ化してみようと。これは大きな挑戦でもあるのですが、そういった登場人物の人間らしさが出せないなら、多分「壬生義士伝」を舞台化したいとは思わなかっただろうと思います。
また、浅田先生らしい新選組のニュアンスをお伝えするために、楽曲の歌詞も原作から使用させていただいていることも大きなポイントです。作詞が浅田先生といっても過言ではないなと(笑)。
浅田:(笑)。
タイトルにもある“義”について。
石田:実は、公演タイトルのロゴの“義”の文字だけ、敢えて少し大きくしてあるんです。ここに浅田先生が描かれた世界観を少しでもお伝えできればと。
浅田:色々なジャンルの小説を書きますが、どんなものを書く時も、自分の中で柱になっているのが、中国の思想です。時代遅れと思われるかもしれませんが、僕の心の中では儒教の教えがかなり支配的に存在しています。儒教で言う五常、すなわち“仁・義・礼・智・信”のうちの一つが“義”なのですが、では“義”とは何か。江戸時代、侍は儒教道徳の下にあり、主君に対して忠義を尽くすことが“義”であるかのようにも思えますが、孔子の教えでは「人として踏むべき正しい道」が“義”なのです。この孔子が唱えた定義を、吉村貫一郎は自分自身に問いかけます。自分にとっての“義”とは何か。答えは、「妻子を食べさせること」だったんですね。「壬生義士伝」はこのテーマから始まっています。だから“義士伝”なのです。
石田:“彼は英雄ではないけれど新選組の良心だった”と“義”を“良心”と置き換えた台詞を書きましたが、ニュアンスが変わってしまうでしょうか。
浅田:いいえ、結構だと思いますよ。吉村貫一郎の“義”はいわゆる武士の大義から見たらささやかなもの。でも、その“義”の精神がしっかりしているからこそ、侍らしくないとか、貧乏くさくていやだとか思って嫌っていた周囲の人間が、次第にその真意に気づき始め、彼を認めるようになるのです。妻子を食べさせることが彼の“義”であり、彼の人生にそれ以外のものはない。それをこの小説で描きたかったんです。
石田:私は先生ほど儒教に詳しくはありませんが、お賽銭や献金までもキャッシュレスで瞬時に支払うようなデジタル化されたこの時代に、何か遺していかなくてはいけない教えがあるのではないかと、先生の原作を読みながら強く感じました。ですから、そんな思いを込めて、この舞台化にあたって、タカラヅカらしさの中にも今の時代だからこそ、より感じていただけるであろう部分をチラリとお見せできたらと思います。
最後にメッセージをお願いします。
浅田:「壬生義士伝」がよもや宝塚歌劇の舞台に上がるとは思ってもみませんでしたが(笑)、きっと素晴らしい作品になると思いますので、タカラヅカファンの方のみならず、私の本の読者の方も、ぜひご覧いただければ嬉しく思います。
石田:司馬遼太郎さんの歴史観を意味する“司馬史観”という言葉がありますが、私は“浅田史観”という言葉を使いたいと思います。そんな浅田史観がお好きな方も、宝塚歌劇の新選組ファンの方も、そして宝塚歌劇をご覧になったことのない方にも、この作品をご覧いただければ幸いです。エンターテインメント作品として楽しんでいただけると思いますので、どうぞご期待ください。
【プロフィール】
浅田次郎
1951年東京都生まれ。1995年「地下鉄(メトロ)に乗って」で吉川英治文学新人賞、1997年「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞、2006年「お腹召しませ」で中央公論文芸賞と司馬遼太郎賞、2008年「中原の虹」で吉川英治文学賞、2016年「帰郷」で大佛次郎賞を受賞するなど、数々の文学賞に輝く。2015年にはその功績を称えられ紫綬褒章を受章。著書に「プリズンホテル」「蒼穹の昴」「天切り松闇がたり」「勇気凛凛ルリの色」「霞町物語」「天国までの百マイル」「椿山課長の七日間」「五郎治殿御始末」「輪違屋糸里」「一刀斎夢録」「赤猫異聞」「一路」「黒書院の六兵衛」「ブラック オア ホワイト」「日本の『運命』について語ろう」「長く高い壁」「おもかげ」など多数。今回雪組で上演される『壬生義士伝』の原作「壬生義士伝」(2000年に柴田錬三郎賞受賞)は、あらゆる世代の心に訴えかける感動作で、ドラマ、映画、コミックス化もされている。浅田氏にとっては、宙組『王妃の館 -Château de la Reine-』(2017年)原作の「王妃の館」に続き、二度目の宝塚歌劇での舞台化となる。
石田昌也
兵庫県宝塚市出身。1979年宝塚歌劇団入団。1986年『恋のチェッカー・フラッグ』(雪組)で演出家デビュー。ディナーショーや武道館コンサートを手掛ける一方で、『維新回天・竜馬伝!』(2006年宙組)など幕末の日本を舞台にしたオリジナル作品をはじめ、『銀ちゃんの恋』(1996年月組 初演)など映画や小説を原作とした作品や、『パパ・アイ・ラブ・ユー』(2019年専科)のようなストレート・プレイを基にしたものまで、幅広いジャンルでの演出に挑み続け、好評を得ている。今回の『壬生義士伝』では、2018年の全国ツアー『誠の群像』(1997年星組 初演)で新選組副長・土方歳三を熱演した望海風斗ら雪組と再びタッグを組み、新たな視点で新選組の物語を展開する。