演出家 原田諒が語る
ミュージカル『MESSIAH(メサイア)-異聞・天草四郎-』の見どころ<前編>
鋭い視点で時代に切りこみ、娯楽性を追求しながらも心に深く残る作品を紡ぎだす演出家・原田諒。天草四郎という謎に満ちた歴史上の人物に、どのように命を吹き込むのか。若き演出家の挑戦に迫った。
島原の乱の指導者として多くの伝説を残す天草四郎。題材に選んだきっかけは?
天草四郎は、いつか作品に取り上げたいと思っていた人物です。
私自身、北原白秋の「邪宗門」や、新村出の「南蛮更紗」などに描かれた世界観が好きで、以前より、日本の、特に九州におけるキリシタン物には挑戦してみたいと思っていました。今回の舞台となる時代は、江戸幕府開闢から40年も経っておらず、いわばまだ江戸時代の揺籃期というか、戦国武士の気風が残る時期ですよね。その中において、かつてのキリシタン大名の遺臣たちが中心となって九州の果てで乱を起こした。それをきっかけのひとつとして、幕府は鎖国を強化し、南蛮貿易やキリシタン文化が制限されていくわけですが、その結果、江戸時代の日本文化が醸成、爛熟していくという点に歴史的な面白さを感じます。そういった歴史の起点ともなった乱を率いたのが、若き総大将・天草四郎時貞です。今も多くの謎を残し、また一説には大変な美少年だったとも言われるこの人物のイメージが、いつしか自分の中で明日海りおの個性と重なっていて、かねてより彼女に合うのではないかと思っていました。ですから「明日海主演の作品を」というお話をいただいた時、即座に天草四郎をやろうと思いました。
天草・島原に行かれたそうですね。
実際にゆかりの場所を訪れて、多くのことを肌で感じました。最も実感したのは、日本という国が古代より、外来の文化をうまく取り入れ、日本古来の文化とミックスさせて独自の文化を作り上げてきたという事実です。古くは稲作や仏教、儒教、漢字…、戦国時代になるとヨーロッパの国々から活版印刷や西洋音楽も入ってきました。そしてこれらの南蛮文化の基になったのがキリスト教でした。特に今回の舞台となる肥前、肥後といった九州地方は、歴史を振り返ってみると南蛮貿易において重要な役割を担っており、西来したものを排斥せずに許容し、やがてそれらをも内包する文化へと発展を遂げていきます。先日、世界遺産の認定もあり、「宗教史上の奇跡」として注目されている潜伏キリシタンの存在もそのひとつで、彼らの信仰は日本の土着文化、仏教や神道とも融合し、長くその独特な信仰の形態を維持してきました。
異なる文化を取り入れ、独自の形態として変容・発展させるという点では宝塚歌劇も同じです。お伽歌劇から始まり、ヨーロッパのレビューやオペラ、バレエ、アメリカのミュージカル、日本舞踊や歌舞伎、さらには漫画やアニメまでも貪欲に取り入れ、時には換骨奪胎し“宝塚化”してしまう。日本文化のスタイルとの類似性を感じ、興味深さを覚えました。
それらを踏まえ、視覚的な面で意識されたことはありますか?
天草四郎といえば、いわゆる襞襟の南蛮風の衣装を思い浮かべる方も多いと思いますが、今回はあえてそういうスタイルは取らず、現代風のビジュアルにしました。ただし、単純な現代アレンジというわけではなく、斬新さの中にも宝塚伝統の日本物であるというバランス感覚を大切に、美術スタッフや衣装デザイナーと相談してつくっています。一昨年、同じ花組で『雪華抄』という日本物のレビューを伝統的なスタイル、正調の宝塚レビューを目指してつくりましたが、今回は少し色合いを変えて、ビジュアル面においても前回と違う楽しみ方をしていただく趣向です。
作品のタイトルに“異聞”とありますが。
まだ幕府の統治が不安定だった時期だからこそ、幕府はこのキリシタン一揆を鎮圧することに躍起になったのだと思います。民衆が立てこもり、島原の乱の最後の舞台となった原城では、3万7千人もの人が亡くなったといわれていますが、幕府軍は彼らを滅ぼした翌日から城を壊し始めたそうです。鎮圧できたのですからそのままでもよいものを、何故その事実を葬るかのように急いで城を壊したのでしょうか。その辺りにも想像力が掻き立てられました。
同時に天草四郎という人物にも謎が多く、後世、語り継がれる過程で偶像化、神格化されていったところも多分にあると思います。ですから今回は、この作品における“人間・天草四郎”と、彼と共に生きた人々の心の動きを丁寧に描きたいと思っています。
なるほど。諸説あるがゆえに、表現の幅が広がるわけですね。
禁教下において、密かに信仰を守ったキリシタンたちは、烈しい迫害を受けて苦しみ続けていました。「神は人間を救うことができるのか」という問いは、神の存在を考える上において永遠のテーマかもしれません。1時間35分のお芝居の中で、天草・島原の人々が四郎の生き様とその言葉を聞き、どう啓蒙されたか。彼らなりに「神とは何か」を見いだす姿をご覧いただきたいと思います。
今もなお、ベールに包まれる天草四郎を主人公に、新たな視点で描き出す注目のオリジナル・ミュージカル。歴史の裏打ちを得て、より薫り高く、より重厚な作品となりそうだ。
ミュージカル『MESSIAH(メサイア)-異聞・天草四郎-』の見どころ<後編>
インタビュー<後編>では、明日海りおを中心とした花組の魅力を中心に話を聞いた。
天草四郎役の明日海りおの魅力について。
「永遠の少年性」とでもいうのでしょうか、明日海りおは正統派スターとしての瑞々しい透明感・清潔感と、芯の強さを併せ持つ男役で、稽古場で見ていても、役者としての輪郭がよりくっきりと際立ってきたように感じます。今回、彼女が演じる天草四郎はかつて甲にしきさんが『炎の天草灘』(1972年花組)で、大地真央さんが『春の踊り-南蛮花更紗-』(1983年月組)の一場面で演じていらっしゃるように、その“カリスマ性のある美少年”というイメージは、とても宝塚歌劇の男役に合致する題材です。ですが、宝塚の男役ならば誰にでも演じられるという役ではありません。若くしてキリシタン軍を率いた四郎のカリスマ性、存在感に通じる明日海自身の求心力、スター性があるからこそ成立し得るのだと思います。名実共に宝塚を代表するトップスターとなった明日海りおならではの天草四郎をつくり上げてくれるものと信じています。
流雨役の仙名彩世について。
オリジナルキャラクターである流雨は密かにキリスト教を信仰し、柚香光演じる山田右衛門作が描く絵のモデルをしている女性です。仙名には良い意味での落ち着きがあり、大人の女性としての意志を持つ人物が演じられる貴重な存在だといえます。抑圧されながらもキリスト教への信仰を守り抜く流雨という女性は、そんな仙名だからこその役ですし、作品ごとに自身の個性をうまく活かし演じ分けることのできる人ですから、きっと魅力的に演じてくれると思います。
山田右衛門作(リノ)役の柚香光について。
山田右衛門作=リノは、島原の乱の際、民衆側で唯一生き残った人物として歴史にその名が残っています。果たして、彼は仲間を裏切ったのか、裏切らざるを得なかったのか。それとも生き残らざるを得なかったのか。今となっては真実を知る術はありませんが、私なりの解釈で描きたいと思っています。柚香は非常に聡明で勘の良い男役ですので、持ち前の想像力で役の人物を膨らませてくれることと思います。彼女と共に作品をつくるのは4回目ですが、その度に成長を感じます。リノという役を、しっかりと生き抜いてくれるだろうと楽しみにしています。
その他にも頼もしいメンバーが揃っていますね。
作品全体の印象は、中堅メンバーの充実ぶりで変わってくるように思います。そういった意味では、今の花組の布陣はとてもクオリティの高いものをつくり得るメンバーです。
個性的な人物が多く登場します。中でも、キリシタン大名であった小西行長の遺臣、渡辺小左衛門を瀬戸かずや、島原藩で悪政を敷き、乱の原因ともなる藩主松倉勝家を鳳月杏、江戸幕府の老中松平信綱を水美舞斗に演じてもらいます。組を支える彼女たちの個性がそれぞれ違うからこそ成し得た配役です。その他にもバラエティに富んだスターを多数擁する花組ですので、稽古場においても日々化学変化が起きて、とても充実した稽古期間を過ごしています。
最後に、お客様にメッセージを。
武家を中心とした絶対的な身分制度の上に成り立っていた幕藩体制下において、天草四郎を総大将とした天草・島原の人々は立ち上がります。ですが、島原の乱は苛政に対する一揆というだけでなく、突き詰めると自由と平等を求める戦いだったのではないかと思うのです。この作品において、四郎に率いられた彼らは“はらいそ”をこの世に築こうと決意します。“はらいそ”、つまり“パラダイス(天国、楽園)”を意味する言葉ですが、彼らが目指した“はらいそ”とは一体何であったのか。四郎にとって、登場人物たちにとっての神とは何であったのか。作品の根幹として明確に描きたいと思っています。
お芝居というものは虚構の世界ではありますが、登場人物たちが生きて、真実に変わっていくものだと思います。歴史に翻弄されながらも、ひたむきに生きた人々の姿が心に残る作品に仕上げたいと思っておりますので、明日海りおを中心とした充実の花組の舞台を、ぜひご覧ください。
演出家 原田諒の鋭い感性と、壮大な歴史的背景から緻密に導き出された今作、ミュージカル『MESSIAH-異聞・天草四郎-』。そのテーマは400年以上の時を経ても変わらず、現代を生きる私たちにも通ずる普遍的なものだ。
奇しくも「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界中から熱い視線を送られている今、明日海りお演じる天草四郎をはじめとする、動乱の時代を生きた人々の体温や息遣い、そして彼らの生き様を、ぜひ劇場で体感していただきたい。
【プロフィール】
原田 諒
2003年宝塚歌劇団入団。バウ・ミュージカル『Je Chante(ジュ シャント) -終わりなき喝采-』(2010年宙組)で演出家デビュー。宝塚大劇場・東京宝塚劇場デビュー作の『華やかなりし日々』(2012年宙組)、20世紀を代表する報道写真家の半生を描いた『ロバート・キャパ 魂の記録』(2012年宙組)で、第20回読売演劇大賞 優秀演出家賞、2012年ミュージカル・ベストテン演出家賞を受賞。その後も、高く評価される作品を続々と世に送り出し、2016年には自身初となる日本物レビュー『雪華抄(せっかしょう)』(花組)を発表。同年に作・演出を手掛けた『For the people -リンカーン 自由を求めた男-』(花組)で、第24回読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀作品賞を受賞。続く2017年『ベルリン、わが愛』(星組)、2018年『ドクトル・ジバゴ』(星組)の脚本・演出に対して第43回菊田一夫演劇賞が贈られたことは記憶に新しい。今、最も注目を集める実力派若手演出家。