Stage Side
“コスチューム”で語る『エリザベート-愛と死の輪舞-』の魅力
宝塚歌劇を代表する演目の一つとして人気を集める『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-』。黄泉の帝王・トート(死)と美貌の皇后・エリザベートを軸とした幻想的なストーリーと心に響く音楽に加え、繊細さと大胆さを併せ持つコスチュームが『エリザベート』の世界をさらに美しく彩っています。
その衣装デザインを手掛けるのは、幅広い作品に携わり、宝塚歌劇ならではの世界観を構築する衣装デザイナー・有村淳。1996年の初演以来、9公演で衣装デザインを手掛け、10回目の上演となる月組公演でもその感性で新たな魅力を生み出しつづける有村の『エリザベート』にかける思い、デザイナーとしての情熱に迫りました。
『エリザベート—愛と死の輪舞(ロンド)—』の初演から衣装デザインを担当されていますが、初演の思い出を教えてください。
宝塚歌劇団に入団した当初は、年齢的にも若い感性のデザインを求められることが多かったのですが、『エリザベート』では舞台となった時代を忠実に表現したいと考えました。退廃的な世界観や闇の深い部分を描くようなものをつくってみたかったという気持ちもあり、『エリザベート』の仕事にはすんなりと入ることができました。
これは余談になりますが、初演を手掛ける前に、ウィーン版『エリザベート』を観た足でミラノに立ち寄った時のこと。現地のファッション誌で、シンプルな服装のモデルが足を組んで椅子に座っている靴の広告を見て、強烈なインパクトを受けました。そこから、衣装の装飾を抑えて、靴に飾りをつける、というインスピレーションを得て、一路真輝さん演じるトートのブーツに飾りをつけてみました。後から聞いた話ですが、いわゆるスターブーツ(男役スターのブーツ)に装飾が施されたのは、それが最初だったそうです。
宮廷を舞台にした作品での衣装デザインは『エリザベート』が初めてだったそうですが。
見た目にきらびやかなだけではなく、華やかな貴族の世界と“死”との対比がとても面白い作品なので、いわゆる“時代物”に初めて挑戦したのがこの作品でよかったなと思います。シルエットはエリザベートが生きた時代を感じていただくことを大切にしていますが、素材としては当時とは違う新しい質感のものをクラシックに落とし込んだり、逆に昔からあるタフタ(絹織物の一種)等は一緒に使う生地や装飾品の組合せで現代的な印象に感じられるようにしました。
今作で『エリザベート』の衣装を担当されるのは10作目となります。
トートの衣装だけでも1公演で十数着あるので、合計すると100着以上デザインしていることになります。しかし、過去の衣装と同じにならないようにと思うと、回を重ねるごとに難易度が増してきました(笑)。
やはり、同じトート役で100着以上ともなると、違いを出すのは大変ですね。
宝塚歌劇のファンの方々は衣装のディティールまでしっかりと見てくださいますし、過去の衣装との比較分析をされる方もいらっしゃるので、毎回身が引き締まります。職人さんも私の無理難題に対して意欲的に取り組んでくれるだけでなく、逆に自ら試作しアイデアを提案してくれることもあって、協力し合いながら試行錯誤を繰り返しています。
では、歴代トートの衣装で工夫や苦労された点などはありますか?
彩輝直(現・彩輝なお)さんのときは、シルエット、装飾もデザイン的なものにしました。同じ黒の布でも、透ける布、光沢感のある布、レース…など、1着に10種類ほどの素材を使いました。春野寿美礼さんのときには1ミリほどの小さなラインストーンを職人さんにピンセットで一つひとつ付けてもらったり、水夏希さんのときには刺繍にラインストーンで複雑なデザインを施したりもしました。前回の朝夏まなとさんはソフトなイメージの男役だったので、彼女のスタイルを生かしつつも、逆にハードさが出るようにシャープなデザインにしました。あらためて振り返ってみると、その時々でそのスターに合った工夫をいろいろとしてきましたね。
公演ごとにさまざまな工夫をされていますが、宝塚歌劇の舞台衣装をデザインする上で心がけていることは?
第一に、シルエットにこだわります。宝塚歌劇の場合、女性である男役が男性を演じ、さらに娘役は女性が演じる男役と同じ舞台に立ちますから、シルエットのバランスがとても大切です。シャープに見せたりキュートに見せたりするために、あるときは格好良くキッチリ整え、あるときはラフに崩すことでバランスを変えて、よりスタイル良く見えるようにと考えてデザインしています。
女性ばかりで演じる宝塚歌劇ならではの視点ですね。他にはどういったことを大切にされていますか?
素材も、舞台で映えるもの、舞台照明を浴びてもチープに見えないものを選んでいます。必ずしも高級な生地を使うということではないのですが、カジュアルな素材も、使い方によってはまた違った表情になるよう工夫しています。生地は質感や組み合わせによっていかようにも表現が広がるので、デザインをする上で大切な部分です。
緻密に計算され、細部までこだわりぬいたコスチュームの数々は、それ自体が芸術でありつつ、キャストの魅力を最大限に引き出し、それぞれの役をより輝かせます。今作でも、その作用は存分に発揮されることでしょう。
インタビュー<後編>では、現在制作も大詰め、8月24日に初日を迎える月組公演の話を伺いました。
今回のトートの衣装にはモチーフなどはありますか?
ポスターや制作発表会で珠城りょうが着ている衣装は、ステンドグラスが割れて砕け散った感じをイメージしています。生地は既成のものをそのまま使用するのではなく、ガラスの破片に見える部分を切り抜いて、そこに合うようにグラデーションに染めた生地をカットして、内側から縫いつけています。苦労してつくってもらった甲斐があり、内側から重ねることで奥行きが出て、よりステンドグラスに近い質感が出せました。客席から観たときに、生地からも高級感が表現できていれば嬉しいですね。
衣装の面から、今回はどのようなトートになりそうですか?
今回トートを演じる珠城は爽やかさが魅力の男役ですが、クールでエレガントな印象になるように、スッキリとしたシンプルなデザインにしています。ただ、単純にシンプルというのではなく、彼女の持っているエネルギーが内側から発色しているように感じていただくために、生地の質感や複雑な装飾、生地づくりのテクニックでお見せしようと考えています。照明の当たり方によって色目が変化して見えたり、あるいは妖しさを醸し出したりと、さまざまな形でお客様の目に映ればいいですね。とはいえ、トートの衣装は点数が多いので、テイストの違う凝ったデザインのものもアクセントとして入れているのでご期待ください。
エリザベートの衣装をデザインされる際に気をつけていることは?
気品のある高貴な王妃にふさわしい、豪華で、なおかつ凛とした雰囲気のドレスを作りたいという思いは初演からずっと持ち続けています。例えば1幕の最後で着ている白いドレスは、肖像画もある衣装なので、実際のドレスからあまりかけ離れないようにしつつも、毎回アレンジを加えています。今回の愛希れいかの衣装にはスカートに1mmほどの小さなダイヤストーンを縫いつけています。一つひとつは本当に小さい光なのですが、たくさんのダイヤストーンのうち、動きに合わせて一部がキラキラと輝くので十分に効果的だと思います。
2幕のエリザベートは1幕とは衣装の印象も違うように感じます。
2幕ではエリザベートにとって悲しい場面が多くなりますので、エレガントなシルエットでより高貴さを表現し、レースや装飾でメリハリをつけることによって、繊細さと豪華さを出しています。1幕と違って、細い縦長のラインにすることで、気弱になりつつあるエリザベートを表現できたらと思っています。
タイトルロールであるエリザベート役を演じる役者は、毎回その人ならではの表現で魅せてくれるので、高貴で豪華な王妃に扮する手助けを衣装で、とは思いますが、あえてそれ以上のことはしていません。愛希にとってはこの役が宝塚生活の集大成になりますが、彼女らしい新しいエリザベートを演じてくれるでしょう。
エリザベートと同じく、フランツ・ヨーゼフも肖像画などが残っていますが。
肖像画に残っているフランツは、ほとんどが黒や白の軍服を着ているものばかりで、カラフルなものは見当たりません。しかし舞台ではフランツの年齢や状況、そして国家や家庭内の情勢が厳しくなるにつれて変化する彼の心情に合わせて、衣装にも変化をつけています。衣装からもその役を取り巻く状況を感じていただけたら、と思います。
衣装からも役の人生を感じとることができるのですね。舞台衣装として軍服をデザインする際のポイントは?
軍服はリアルな方が格好良いですが、本物のようにつくると舞台での動きに制限ができてしまったり、地味に見えたりします。ですから、機能性とリアルさを意識しながら、装飾品などで華やかさも加え、その足し引きを繰り返しながらデザインしていきます。
では、あらためて今回のコスチュームデザインにおける見どころを教えてください。
今回は、珠城りょうが本来もつ溌剌としたイメージとはまた違った“妖しい魅力”を表現できるように、うまく役と衣装がリンクし合えるものを目指しておりますので、楽しみにしていてください。
毎回変わるフィナーレナンバーの衣装に期待してくださっている方も多いと思いますが、今回の珠城と愛希のデュエットは、華美さをそぎ落としたオーソドックスでシックな衣装をご用意しておりますので、そこも見どころの一つだと思います。ぜひ、劇場でご覧ください。
上演回数1000回、観客動員数240万人を記録する、宝塚歌劇を代表する人気ミュージカル『エリザベート—愛と死の輪舞(ロンド)—』。幾度も再演を重ねるこの作品も、有村淳による華麗な衣装に着目しながらご覧いただくと、より深い感動や新しい発見があるかもしれません。どうぞ劇場で体感してください。